販売代理店が自社サービスと競合商品を流用したら?
企業が販路拡大を目的として販売代理店を活用する場合、契約書でどこまでリスクをコントロールできているかが、その後の紛争対応を大きく左右します。とくに、製品情報や営業ノウハウなどの重要情報を代理店と共有するビジネスモデルでは、「競業行為をされた場合にどう対応できるのか」「損害賠償はどこまで認められるのか」といった点を、事前に想定しておくことが不可欠です。
実務では、競業避止義務や秘密保持条項を置いているものの、いざ問題が起きた際に「想定していた対応ができない」というケースも少なくありません。その原因は、契約書の設計と、裁判実務における判断基準とのズレにあります。
本記事では、販売代理店契約において特に確認すべきポイントを契約書ベースで整理しつつ、その裏付けとして、代理店による競業行為が問題となった裁判例を紹介します。契約書のどこをどう見直すべきかを理解することで、販路拡大ビジネスに潜む法的リスクを具体的に把握できるはずです。
販売代理店契約でまず確認すべき全体像
販路拡大を目的として「販売代理店契約」を検討する際、まず確認すべきなのは、本当に自社が採用しようとしているスキームが「販売代理店」という類型に当たるのか、という点です。
いわゆる販路拡大の手法には、大きく分けて、販売店方式(売買を基本とし、販売店が再販売して差額を利益とする形)と、代理店方式(販売促進サービスを受け、最終的な契約は自社と顧客との間で成立する形)があります。この違いは、売上計上のタイミングや在庫リスクの所在など、会計・法務の両面に影響します。
仮に代理店方式を採る場合、代理店には自社商品やサービスを理解してもらう必要があり、一定の情報共有は不可避です。その一方で、どこまでの情報を開示するのか、その情報が模倣や競業行為につながるリスクはないか、といった点も同時に検討しなければなりません。
そして、仮に情報の流用や競業行為が起きた場合、契約書上どのような処理が可能なのか、特に損害賠償条項が実務上どこまで機能するのかは、事前に具体的に想定しておくべき重要なポイントです。
情報共有と競業リスク|代理店にどこまで開示すべきか
販売代理店に情報を共有する際は、「最低限共有せざるを得ない情報」と「慎重に扱うべき情報」をあらかじめ切り分けて考えることが重要です。一つの判断軸は、その情報がエンドユーザー向けに公開されることを予定しているものかどうかです。パンフレットや営業資料など、もともと外部公開を前提とする情報であれば、代理店と共有すること自体のリスクは比較的低いといえます。
これに対し、製品・サービスの内部構造やノウハウに関わる情報については、慎重な検討が必要です。特許権などの知的財産権によって法的に保護されているか、あるいは技術的・事実的に模倣が困難かという視点を持つことで、「共有してよい情報」と「開示を避けるべき情報」の線引きが可能になります。
とりわけ、模倣性の高いサービスやビジネスモデルの場合、情報共有がそのまま競業リスクに直結します。近年の生成AIを用いたAPIサービスのように、アイデア自体は法的に保護されにくく、内部設定や設計思想が見えてしまうと容易に再現できてしまう分野では、代理店への情報開示範囲を限定する必要性は一層高まります。
契約書上も、秘密情報の定義や使用目的の限定に加え、契約終了後も競業行為や情報利用をどこまで制限できるのかを具体的に定めておかなければ、後に実効的な対応ができなくなるおそれがあります。
損害賠償条項は実務でどう機能するのか
―「限界利益」という想定外の壁
販売代理店による競業行為が問題となった場合、損害賠償額がどこまで認められるのかは、実務上もっとも重要なポイントの一つです。この点について参考になるのが、会社法に定められた代理商の競業避止義務に関する規定です。
会社法17条は、代理商が会社の許可なく競業行為を行った場合、代理商や第三者が得た「利益の額」を会社の損害額と推定すると定めています。一見すると、競業行為による売上全額が損害として認められそうにも見えますが、裁判実務は必ずしもそう単純ではありません。
東京地裁令和6年10月10日判決は、この「利益の額」について、売上高から、役務提供に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した額、いわゆる「限界利益」を指すと判断しました。ここで控除されるのは、仕入れなどの変動費に限られず、義務違反行為との個別的な関連性が認められる経費であれば、広告宣伝費のような費用も含まれ得るとされています。
この考え方は、特許法など他の知的財産分野における損害算定の実務とも共通しています。その結果、模倣品や競業サービスの展開に多額の広告費を投じた場合、その分が損害賠償額から差し引かれ、場合によっては「宣伝した方が得をする」ような構造が生じ得る点には注意が必要です。損害賠償条項を形式的に置くだけでは、実効的な抑止力にならないこともあるのです。
競業行為の差止めの失敗原因
販売代理店による競業行為が問題となった場合、「差止めによって行為を止められるはずだ」と考える企業は少なくありません。しかし、実務上は差止請求が認められないケースも多く、その大きな要因の一つが「契約終了」という法的評価です。
今回参照した裁判例でも、差止めが認められなかった最大の理由は、当該代理店契約がすでに解除され、終了していると判断された点にあります。契約が有効に存続している間であれば、契約条項に基づく競業避止義務や、会社法上の代理商の競業避止義務を根拠として差止めを主張する余地があります。しかし、契約終了と評価されてしまうと、これらの根拠はいずれも失われてしまいます。
実務でよく見られるのが、競業避止義務を一般的な条文として置いてはいるものの、契約終了後の存続期間や具体的な制限内容まで踏み込んで定めていないケースです。その結果、「違反が発覚したから契約を解除する」という判断が、かえって差止めの可能性を閉ざしてしまうことがあります。
競業行為を実効的に止めるためには、競業避止義務が契約終了後も一定期間存続すること、その期間や範囲をどこまで認めさせるのかを、契約締結時点で具体的に設計しておくことが不可欠です。
販売代理店契約で見直すべき実務チェックポイント【まとめ】
ここまで見てきたとおり、販売代理店を活用した販路拡大では、問題が起きてから対応するのでは遅く、契約書の段階でどこまで具体的に設計できているかが決定的に重要です。とくに、次のポイントは必ずチェックしておくべきです。
第一に、契約類型の整理です。 自社が採用しているのが販売店方式なのか、代理店方式なのかを明確にし、売上計上の基準や在庫リスクの所在と整合する内容になっているかを確認する必要があります。
第二に、情報共有の設計です。 代理店に開示する情報を「公開前提の情報」と「内部情報」に分け、内部情報については使用目的を限定し、競業や模倣につながらない範囲にとどめる設計が求められます。
第三に、損害賠償条項の実効性です。 裁判実務では、損害額は限界利益を基準に算定され、広告宣伝費などの経費が控除される可能性があります。抽象的な損害賠償条項だけでは、十分な抑止力にならないことを前提に、違約金条項の要否も含めて検討すべきです。
第四に、競業避止義務の存続です。 契約期間中の義務だけでなく、契約終了後も一定期間競業行為を制限できるのか、その期間・範囲を具体的に定めておかなければ、差止めは事実上困難になります。
販売代理店契約は「ひな形を埋める契約」ではなく、情報・競業・損害というリスクをどう配分するかを設計する契約です。販路拡大を成長戦略として本気で考えるのであれば、一度立ち止まって契約書全体を見直す価値は十分にあるといえるでしょう。


