Chat GPT (Deep Research)を用いた中小企業の契約書作成に関する考察

ChatGPT契約書生成AIDX中小企業

記事概要

ChatGPT Deep Research機能による契約書作成検証では、プロンプトから適切な契約類型を判断し、統一感のある契約書を高速かつ正確に生成できることが確認されました。典型的な契約条項では実務レベルの表現を出力し、誤字脱字もほぼありません。 しかし重要な制約として、AIは法的思考ではなく統計的推測で契約書を構築するため、複雑な法的構造では不安定な出力となります。また学習データが乏しい契約類型では精度が低下し、契約条件の判断はユーザーの経営判断に依存せざるを得ません。 そのため法的知識を持つユーザーが契約設計を主導し、具体化作業をAIに委ねる使用方法が適しています。法的スキルに不安がある場合は、校閲作業や条項比較など補助的な用途にとどめることが推奨されます。

AI時代の契約書作成の現状と課題

企業法務の文脈においても生成AIの導入が浸透

生成AIと企業法務の関係について、現在生成AIを企業法務の文脈で導入している企業は、各種Webで公表されているアンケートやレポートなどから30%程度ではないかと見込まれます。
注目される生成AIの使用方法としては、翻訳、要約、書面のドラフティングや法令リサーチなどかなり幅広く利用が試みられているようです。特に、企業秘密情報が含まれない書面関係や、法令のリサーチといったWeb情報のキュレーション(情報整理)の場面では使いやすい側面があります。そのため、このような場面から導入が始まり、いわゆるRAG(Retrieval-Augmented Generation、検索拡張生成)のような仕組みを活用することで、モデルが社内文書にアクセスできるように整備されています。これにより、過去例や関連情報を検索する速度をより高め、使いやすいものにするといった形で進展していることが予測されます。

生成AIによる契約書作成・レビューが注目される背景

このような生成AIと企業法務の文脈で様々な使用方法が検討されている中、ChatGPTのようなモデルで契約書の作成や契約書のレビューが可能なのか疑問に持つ企業も少なくないように思います。
生成AIによる契約書の作成・レビューを行うとする場合の最大のメリットは、その出力(完成)までの速度と費用感が挙げられます。特に中小企業においては、限られたリソースの中で法務業務を回す必要があります。大手企業が高額なリーガルテックツールを導入する一方で、中小企業の多くは依然として従来型の契約書作成に頼らざるを得ない状況が続いています。弁護士に契約書類の作成を依頼する場合、旧日弁連報酬基準をそのまま適用すると、概ね5万円から20万円程度の金額となり、作業期間も早くて翌日、ボリュームゾーンとしては4営業日前後を要することが多いと思います。ChatGPTなどのモデルの出力が現時点(執筆時)においてどのようなものになっているのか把握することは非常に重要であるように思われます。

本記事の検証内容と目的

本記事では、ChatGPT Deep Research機能を用いて中小企業間の部品供給基本契約書を作成し、生成AIの契約書作成における実用性と限界を実証的に検証します。検証では、福岡の中小製造業者が熊本の取引先との間で締結する部品供給基本契約書を題材とし、Deep Research機能の思考プロセス、参照情報の質、生成された契約書案の実用性を分析します。

検証環境の設定

検証には、日本の製造業における典型的な中小企業間取引を想定したシナリオを設定しました。売主として株式会社ハカタイド・ソリューションズ(福岡)を想定し、水産加工機械製造業、従業員38名、年商6.2億円という規模で設定しています。買主は株式会社クマモト・シーフレッシュ・テクノロジー(熊本)とし、水産加工業、従業員24名、年商2.8億円の企業として設定しました。

契約内容は魚類選別機用センサー部品の継続供給とし、年間約960万円(月80万円×12ヶ月)の取引規模、1年間の契約期間に自動更新条項を付した構成としています。契約締結の背景として、これまで信頼関係に基づく口約束で行われてきた取引について、買主の取引銀行が融資条件として契約書面化を要求したという実務的な状況を設定しました。

ChatGPT Deep Research機能での実践プロンプト設計

実務的な契約書作成を目指すため、単純な契約書作成依頼ではなく、3層構造でプロンプトを設計しました。第一に自社情報の詳細化として、単なる会社概要ではなく事業構成や財務状況まで含めることで、契約上のリスク許容度をAIに理解させることを試みました。第二に取引先情報の背景として、過去の取引実績や相手方の事業特性を含めることで、適切な契約条件の判断材料を提供しました。第三に取引内容の具体化として、金額、納期、品質要求など契約書に反映すべき具体的条件を明示しています。

売主視点での重点的な契約要望

売主であるハカタイド・ソリューションズの立場から、支払遅延に対する適切な対応策として30日超過での解除権確保、検収期間の合理的な限定として7日以内での完了、品質保証責任の適切な範囲設定として30日限定の瑕疵担保期間、原材料費変動時の価格改定権の確保、天災・不可抗力時の免責条項の明記といった実務的なニーズを設定しました。これらの要望事項を通じて、ChatGPT Deep Research機能が中小企業の実務的な契約ニーズにどの程度応えられるかを検証対象としています。

ChatGPT Deep Researchによる契約書作成の強み

ChatGPT Deep Research機能による契約書作成の評価ポイントは、プロンプトの意味内容から最も類似していると思われる契約類型を選択し、その契約書の条項構造を展開、具体的な条項の出力といったような構造的な処理により、全体的な統一感や構造を備えた契約書を作成している点と、そのスピードや出力内容においては人間を凌駕する速度と正確性がある(誤字脱字がない)という点だと思われます。

推論プロセスにおいてプロンプトから妥当な契約類型のテンプレートを判断している

Deep Researchのアクティビティにおいて、モデルはプロンプト情報から妥当な契約類型を判断し、当該契約一般に含まれる契約構造を構成しています。今回の例においては、標準的な取引基本契約書の構成が必要と判断し、その構成として次のような契約の構造を出力したことが確認できました。実験的に、別のスレッドにおいて(検証プロンプトの影響を受けない環境において)、プロンプト内容に売買契約の作成を命じながら、取引の内容としては業務委託の構成にした場合、モデルは業務委託として構成したことから、単にユーザーのプロンプトに含まれる単語からフレームワークを選択しているのではなく、意味内容から判断していることが期待できます。

  • 目的・適用範囲(条文番号を振って全体の枠組みを明示)
  • 製品仕様・品質管理(品質要求を盛り込む)
  • 発注・納入プロセス(定期納入と最低発注量)
  • 検査・検収(期間と「みなし検収」ルール)
  • 代金・支払条件(月締め翌月末払い、遅延損害金、停止権)
  • 所有権留保(代金完済まで)
  • 瑕疵担保責任と免責(30日以内の限定保証、間接損害免責)
  • 返品禁止(原則として不可)
  • 価格改定権(通知期間30日)
  • 責任制限・賠償上限(取引金額まで、逸失利益等除外)
  • 契約期間・更新(自動更新、解約予告期間)
  • 解除事由(買主不履行、重大違反、倒産、売主任意解除)
  • 期限利益喪失(支払遅延等で一括請求)
  • 不可抗力(免責規定)
  • 準拠法・管轄(日本法、福岡地裁)

典型的な契約条項においては実務的な条項を出力する

次に、モデルは上記の構造に対応する具体的な条項を出力しています。この過程の中で、主に法律事務所がwebにおいて公開しているような条項テンプレートや条項例の情報を取得(function calling)し、プロンプトで与えられた取引状況に応じて、適宜、加筆や修正を行っていることが窺えます。特にDeep Researchにおいては、イニシャルプロンプトから一度モデルによるユーザーへの質問が行われますが、このときにユーザーが特に関心のある事項についてweb情報を重点的にリサーチするなどの動作が見受けられます。 このような過程で出力された具体的な条項は、基本的には実務でよく見る条項とそん色のない内容や書きぶりとなっており、契約書の条項特有の表現方法なども見受けられます

文書の統一性や誤字脱字等においては人を凌駕している

先の内容と一部重複しますが、自然言語にたけている点が生成AIの特徴の1つであることもあり、出力された表現にたいする誤字脱字は基本的にみられませんでした。ただ、今回の出力は「買主」と「売主」で当事者が構成されており、「甲」と「乙」のような意味内容を踏まえて主語を振る必要がある内容ではなかったことや、3当事者以上の例ではなかったため、あくまでも、単語がもつ意味内容から直接的に主体がいずれかを判定できる範囲である点は留意が必要かと思われます。その他、法律用語の使用方法についても弁護士などの実務家のそれと比較すると若干見劣りする部分もなくはないですが、筆者の経験上は許容できる文言選択の範囲内であるように思われす。例として、法律用語としては、「その他」と「その他の」の意味が微妙に異なり、前者はそれまでの列挙を受けて「その他」の後ろを並列させる関係を表す用語、後者はそれまでの列挙を例示として「その他の」の後ろの用語のみが挙げられている用語のような使い分けなどが挙げられます。 いずれにせよ、いわゆる人の手による文書起案時に一定の確率で発生してしまう誤字脱字のような表現はほぼないといえるのではないでしょうか。

ChatGPT Deep Researchによる契約書作成の限界とリスク

逆に、ChatGPT Deep Research機能による契約書作成の注意ポイントも少なくありません。最もクリティカルな注意ポイントは生成AIは法的思考により契約書を出力しているわけではないという点です。その他の注意点としては、対象となる契約書のデータについて学習データやwebデータに質と量が備わっていないと出力内容が乏しくなるという点や取引条件の判断は生成AIが人間を代替することができないという点が挙げられます。

生成AIの出力は法的思考による出力ではない

Deep Researchのアクティビティにもあるように、モデルはプロンプトの意味内容から最も適切な契約書のテンプレートを学習データやweb情報を使って構築するという動きを見せています。これは裏を返すと、統計的にプロンプト情報から最も近いであろう契約類型を推測しているにすぎず、法的な思考によってその契約書のテンプレートが導き出せていないことを示しています。その意味では、モデルは適用される法令や、この契約書の条項がどの法令の文言(要件など)から導かれているのか、契約書の設計構成を支えている思想などは把握していないこととなります。このような、契約書の設計の不安定さは、複数の法律が関与する場面や複数の契約構造が入り組むような構造の場合に非常に頼りない出力となってしまいます。 今回の出力内容でも、契約構造で示されているとおり、改正民放前の「瑕疵担保責任」という用語が用いられていながら、web情報を参照した結果、契約条項内では「契約不適合責任」という用語を選択したり、九州企業間の取引において不必要な準拠法の選択を行ったりするなどしています。また、設定事例の生成AI利用側の立場において、自社への立ち入り等を認めておきながら、その際に取得された情報の秘匿などは求めていないことなどから、悪く言えば表面上は整っているが、考えられていない契約書になってしまうリスクを大きく抱えることとなります。

生成AIは豊富なデータ領域の契約書でなければ起案精度が低下する

生成AIの性質上当然の帰結とも言えますが、いくらモデルの性能が上がったとしても、生成AIは情報を創造することはできないため、その出力における大まかな守備範囲は学習データとfunction calling(AIによるWeb検索)によるWeb情報に限定されてしまうという特徴があります。そのため、いわゆる典型的な契約(秘密保持契約やWeb上にひな形テンプレートが豊富な契約類型)においては、実務上も用いられる法的な表現を多用し、場合によってはそのまま用いて差し支えない条項を出力することも期待できます。他方で、web上において、いわゆるテンプレート条項が上位検索結果に出にくい場合においては、条項内容が箇条書きされたり、日本語としては正確ですが、法的にはかなり不自然な表現になっている例が見受けられます。

契約条項の判断をAIに委ねることは出来ない

これは生成AIによる出力一般に言えることですが、契約書というものは客観基準により正解/不正解を判定できるものではなく、経営者の主観による判断が軸となって行われる内容です。そのため、検品作業は何日以内に行わなければならないのか、売掛債権に対して所有権留保等の担保的措置は講じるのか、専属的合意管轄はどこがいいのかという項目をAIにおいて判断するのは非常に困難と思われます。その理由としては、まず取引条件に関する情報をテキスト化してモデルに渡そうとしている時点で、ユーザーが得ている情報と比較して、かなり限定されているという点が挙げられます。プロンプトに入力するためテキスト化できるのは、せいぜい当事者情報や契約条項の詳細といった情報であり、経営者が持つ企業理念や事業戦略、取引先担当者との関係性など含めていこうとするときりがなくなってしまいます。そのような意味で、生成AIの出力はあくまで、プロンプトとして言語化し、モデルに渡すことのできる情報の範囲内で行われる作業であって、当該契約書を採用すべきかどうかの意思決定に必要な情報はユーザー側が持っていることがほとんどである点は留意すべきと思われます。

ChatGPT Deep Researchを用いて契約書を作成してみたまとめ

以上のようなことから、Deep Researchによる契約書作成においては、次のなユースケースや条件が必要になってくると思われます。

Deep Researchを使って契約書を作成/レビューしたい場合

  • ✅ユーザー自身が法的知識や理解があり、契約書の設計や条項構成において、モデルに依存することなく主導するスキルがある
  • ✅モデルの出力に対して、モデルが受け取っていない(受け取れない)情報から最終判断や意思決定を下すことができる

このようなスキルや能力の下であれば

  • ✅モデルに対して構築する契約書の像を持っている段階で、具体化する作業をモデルに委ねる
  • ✅アイデアとなっている取引条件について参考となる条項などを検索させ、適切な条項をユーザーが選択する といった使用方法が考えられます。

法的スキルに不安がある場合

  • ✅モデルの使用方法を校閲作業や各条項間の矛盾の存否や改善点の提案などにとどめる
  • ✅実際の取引に用いるのではなくて、自社テンプレートなどと比較を行うために契約条項の起案などをさせてみる

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