生成AI活用で指摘されるブラックボックス問題
ブラックボックス問題の概要
生成AIの活用において、「生成AIの出力はブラックボックス」というリスクを、今では誰もが耳にしたことがあると思います。
生成AIの出力は、トークン予測を数千億以上のパラメータによる行列演算の積み重ねで行われています。この計算過程の因果関係を解き明かすことは、現在の技術ではほぼ不可能とされています。
また、仮に因果関係を解明できたとしても、生成AIの出力は本質的に確率分布の計算結果に基づくものです。そのため、論理的な意味での因果や理由の解明にはならず、確率や統計以上の意味を持つことがない、まさに「ブラックボックス」な出力となるのです。
GPT-5に見る生成AI性能の向上
2025年8月7日、OpenAIより発表されたGPTの最新モデル「GPT-5」は、評価資料において従来の生成AIを大きく上回るベンチマークを記録しました。
企業法務分野においても、従来の生成AIで不正確だった出力が改善されています。例えば:
- 従来の生成AI:秘密保持契約において、本来解除条項を設定すべきでない状況でも、解除条項を一般条項として出力していた
- GPT-5:各条項の趣旨や目的を考慮し、適切でない条項設定について指摘を行うようになった
また、根拠法令の指摘やリソース提示においても、現時点で目立ったハルシネーションは確認されていません。
生成AI性能向上とブラックボックス問題の関係
このような生成AI性能の向上により、ハルシネーションリスクが低下し、専門的な問題解決が可能になってきています。
その結果、生成AIの出力プロセスが不透明というブラックボックス問題が直接解決されたわけではありませんが、出力結果についてユーザー(人間)が採否判断を行えば、大きな問題にはならないという認識が広がっているように見受けられます。
つまり:
- 生成AIの出力プロセスは確率的手法のため、一定確率で誤情報が出力される
- しかし最終的には人間がフィルターとなって誤情報をシャットアウトできる
- 昨今の生成AI性能改善により、このリスクがさらに逓減した
このようにまとめることができるでしょう。
生成AI性能向上に伴って普及する活用事例
生成AIの活用については、各社が様々な工夫を凝らしています。
このような生成AI活用の中には、以下のような事例も見られます:
- 契約交渉において相手方のメール文面を生成AIに読み込ませ、回答を生成させる
- 事業情報を読み込ませて新規事業提案を行わせる
これらは生成AIに事業やその一部である取引の意思決定を委ねる用法と言えますが、このような使い方については、意識しておかなければ大きな錯覚に陥るリスクがある点を指摘したいと思います。
出力採否判断では対応できない、生成AIが意思決定を代替できない理由
大前提として生成AIは受け取ったプロンプト情報しか処理していない
生成AIはプロンプト情報を冒頭に述べた膨大なパラメータを使って、次のトークン(単語)を予測する積み重ねで出力を行っています。このような構造から、生成AIの出力はプロンプトによって限界づけられるということが言えます。
このような生成AIの特徴は特定のトピックについて、プロンプトをより具体化していき、その出力を比べることで確認することができます。
なお、このようなプロンプト情報しか処理できないことを補完する機能としてChatGPTではメモリ機能やスレッドにおける文脈保持などの機能がありますが、それでもプロンプト情報を超えて生成AIが情報処理を行うことはないため、依然としてこのような限界が存在することとなります。
プロンプト情報は言語化する必要がある
また、このプロンプトは生成AIがLLM(Large Language Model)と呼ばれるように、基本的には文字や記号により入力する必要があります。
このような制限から生成AIの演算に用いることができるのはテキスト化(言語化)できる情報という制約が発生します。この制約は生成AI活用の本質的な限界に結び付いている特徴といえます。
例えば、契約交渉の場面で相手方から送られてきた修正提案情報を生成AIに読み込ませて対案や修正案を提示する場面を想定した場合、プロンプトとしてユーザーが入力するのは契約書の情報と相手方の修正理由や修正内容の条項となります。しかし、このようにプロンプトに入力される言語化された情報は取引交渉に関する情報のかなりごく一部にすぎません。
ユーザーは以下のような膨大な情報を保有していますが、そのなかの一部の情報であって、かつ言語化が容易な部分のみをプロンプトとして生成AIに渡しているということが指摘できます:
- 自社の取引目的や重要性
- 取引相手の属性や取引先担当者の人柄
- なぜこのような提案がなされたのかの背景
- これが自社の事業戦略や方針との関係でどのような意味合いを持つのか
- 過去の交渉履歴
要するに、生成AIはプロンプトとして与えられた情報のみを処理することができ、ユーザーがプロンプト化するために言語化できる情報が限定的であればあるほど、生成AIが出力する内容は現実問題の中ではごく一部の領域や限定された条件下でなされたものとなる傾向が生じるわけです。
入力方式によっては無意識のうちに情報が欠落する
プロンプトに関する問題意識として、テキスト以外の入力方式をとる場合に、無意識のうちに情報が削ぎ落される現象があります。
音声入力などが代表であり、音声による生成AIとの会話においては、ユーザーが発する言語をテキスト化した情報のみが生成AIに渡されており、声のトーンや訛り、会話の間などは基本的に音声データを書きおこしアプリケーション(OpenAIのWhisperなど)がテキスト化する過程で削ぎ落されます。
したがって、非常にか細いトーンや明らかに違和感のある方法で「元気です」と音声入力した場合、生成AIが受け取る情報は「元気です」というテキストのみであり、音声のトーンなどからユーザーを気遣うなどということはありません。
同様に、テキスト以外でプロンプトを構成しようとしている場合、ユーザー目線の入力データが、生成AIにプロンプトとして渡される前に情報処理がなされていないか、なされているとすれば、どのような処理が施され、欠落する情報がないかという視点は常に持ち続ける必要があります。
入力と出力の齟齬による認知バイアスリスク
プロンプト情報は実際の事業の場面では情報がユーザーによって切り取られ、その中で言語化された情報がプロンプトとして生成AIの処理に回される構造となります。
しかし、出力の場面でユーザーは、このような断片的な処理情報であっても、「完全な答え」として受け入れがちです。完全な答えというのは、あたかも断片的な情報を超えて、取引全体の情報を処理した結果の出力という形で受け止めるという意味を指しています。
先の例になぞらえると、生成AIが出力した修正案についてあたかも現在の契約書と相手方の修正提案に対する妥当な修正案として受け取ってしまう場合などが挙げられます。自然言語に長けている生成AIの出力は体系的かつ説得力がある出力形態をとるため、このようなユーザーの認知バイアスをより強く刺激してしまいます。
このように、生成AIの出力においては、プロンプト情報の限界という視点から、ユーザーは自身が有する情報の一部を切り出し、言語化できたプロンプト情報の範囲で生成AIに情報処理をさせているため、その出力結果をあたかも全体に対する出力結果として活用することは両者のギャップが大きくなればなるほど、大きなリスクにつながります。
つまり、生成AIに意思決定を委ねる(代替させる)ことができない理由は、生成AIの構造から、プロンプト情報として生成AIに処理させる範囲に限界がある以上、出力結果を全体に還元することができないというものになります。これはブラックボックス問題にある出力内容の採否の問題ではなく、そもそも出力が全体に対応していないという点が質的に異なるポイントになります。
まとめ:生成AIとの賢い付き合い方
生成AIの構造的限界を理解する
本記事で論じてきたように、生成AIが意思決定を代替できない根本的理由は、従来指摘されてきたブラックボックス問題(出力の採否判断の困難さ)とは質的に異なります。
真の問題は情報の構造的限界にあります:
- プロンプト情報の制約:生成AIは与えられたプロンプト内の情報しか処理できない
- 言語化の限界:ユーザーが保有する情報の一部しか言語化・プロンプト化できない
- 欠落情報の不可視性:重要な暗黙知や文脈情報が必然的に入力から漏れる
- 全体還元の錯覚:限定的な情報から生成された出力を、全体をカバーした結果として受け取ってしまう
プロンプト条件下での出力として生成AIを活用する
生成AIの適切な活用方法は、意思決定の代替ではなく思考の補助として位置づけることです。
具体的には:
- アイデア創出の支援:新たな視点や選択肢の提示ツールとして活用
- 情報整理の補助:複雑な情報を構造化し、理解を促進する道具として使用
- 初期案の作成:たたき台やドラフト作成の効率化に限定
- 多角的検討の促進:異なる観点からの分析を促すファシリテーターとして機能
重要なのは、生成AIの出力を「プロンプト条件下での限定的な処理結果」として認識し、最終的な意思決定は必ず人間の総合的判断で行うことです。
組織としての生成AI活用ガイドライン
企業や組織が生成AIを活用する際は、以下の原則を明確にすることが重要です:
情報の欠落を前提とした運用設計
- 生成AIに入力できない情報領域を事前に特定・文書化
- 複数の専門家による多角的レビュー体制の構築
- 「見落としがある」前提でのリスクアセスメント実施
継続的な検証プロセスの確立
- 生成AI出力を実際に適用した結果の定期的検証
- 予想外の問題発生時の原因分析体制
- 組織の暗黙知やノウハウの可視化・明文化の推進
適用領域の明確化
- 生成AIが適用可能な業務範囲の明確な定義
- 人間の判断が不可欠な領域の特定
- 段階的適用によるリスク管理
結論:技術の進歩と人間の判断力の調和
生成AI技術の急速な発展により、その活用可能性は日々拡大しています。しかし、技術の進歩と同時に、私たちの「生成AI活用リテラシー」も進化させていく必要があります。
生成AIを恐れるのではなく、その構造的限界を深く理解した上で、人間の判断力を補完し、思考を豊かにするツールとして賢く活用していくことが求められます。特に法務・経営の分野においては、組織の知見と生成AIの処理能力を適切に組み合わせることで、より質の高い意思決定プロセスを構築できるでしょう。
最終的に重要なのは、生成AIに判断を委ねるのではなく、生成AIとの協働を通じて人間の判断力をより高めていくという視点です。技術と人間の知恵の調和こそが、生成AI時代における真の競争優位の源泉となるはずです。