企業法務と生成AIの向き合い方
企業の生成AI活用が進む中で、企業法務分野での生成AI活用にも注目が集まっています。そのような中、「弁護士と生成AIの出力で何が違うのか?」という点について検討してみました。
結論としては、法務人材と生成AIのいいとこどりをしようとすると、人間が質の高いフォームデータやナレッジを整備し、生成AIに作業を任せることが最適解なのではないかと思います。
なぜそう言えるのか、両者の思考過程に着目して解説します。
法務人材の思考プロセスと強み
弁護士などの法務人材は、法律問題を解決する際、法律の仕組みや成り立ちのような趣旨目的から出発し、解釈論を展開しながら抽象的な条文の言葉を具体的事例に当てはめていくことで問題解決を目指しています。
法律学習を行う際に、このような部分にフォーカスした学習を進めていくため、長けていく能力としては、法的思考といわれる論理的推論能力や法的概念の操作、法律の仕組みなどを学習するに伴って身につく問題意識の所在の把握や問題点の重みづけ(リスク評価)を精査する能力に優れているといえます。
他方で、毎回のように類似の裁判例や法解釈の専門書などを検索し、情報処理を行ってしまうと、どうしても多くの時間的・人的リソースを費やしてしまいます。
そのため、法務人材の思考プロセスの特徴は、柔軟性の高い運用が求められる場面や、新規事業などの新たな法律問題に直面した場面、環境変化への対応などの、「新規・複雑・創造・柔軟性」のような言葉がキーワードになる場面でその機能を十分に発揮しやすいといえます。
生成AIの思考プロセスと強み
他方で、生成AIは既知の知識群の中から、意味的に近いパターンを見つけ出すセマンティック(Semantic:意味的な)な思考に長けているといえます。プロンプトの意味情報から、統計的に近い知識群(テンプレート)を選択し、そのパッケージ化された知識群の範囲内であれば、圧倒的に速い処理速度で演算を行い、優れた自然言語による出力を行っています。
他方で、知識群内に良質な素材データがなければ、法解釈を用いて新たなデータを生み出すことができないために、適切な出力を行うことが困難となります。これに加えて、自然言語処理能力が災いし、誤ったり適切ではない内容をそれっぽく提示してしまう弱みがあります。
そのため、生成AIの思考プロセスの特徴は、高速かつ大量にある程度テンプレート化された処理を行う場面に適しているといえ、「テンプレート・大量・高速・シンプル」のような言葉がキーワードになる場面でその機能を十分に発揮できるといえるでしょう。
法務人材と生成AIのシナジーを生み出すには
法務人材は抽象的な概念操作や新しい問題の分析に強く、生成AIは定型業務や既存知識の組み合わせに優れています。両者の組み合わせとして、法務人材がビジネスのどこにリスクがあるのか整理を行い、リスクコントロールを行うための事業の設計やビジネスプロセスをデータ構造化していきます。この良質なデータを用いて、生成AIが高速かつ大量に処理を行い、例外事例や限界事例が生じた場合に再び法務人材の判断に戻すというような補完関係が理想的といえます。
このような補完関係の結果としては、両者のいいとこどりともいえる、「スピード・コスト・精度のバランスが取れた契約業務」が可能となります。
企業における実務的アクションプラン
このような法務人材と生成AIの協働関係を築くために明日からでも取り組める実務ステップとしては、以下のようなものが参考として挙げられます。
- 自社の契約書テンプレートを棚卸し
- 頻出する契約類型を3つ特定
- 過去の交渉履歴・社内検討資料を整理
- まずは1種類の契約でRAGやDB化を試行
こうした小さな一歩から、自社ナレッジを「AIに強い形」で構築していくことが重要です。
まとめ
生成AIは「万能の弁護士」ではありません。しかし、人間がデータを整備し役割を見極めれば、AIは契約書作成における強力なアシスタントになり得ます。
弁護士とAI、それぞれの特性を理解し、最適な分担を設計することが、これからの企業法務の実務を変えていくカギとなるでしょう。