クライアントに送ったラフを無断で生成AIに入力され、別の画像を作られました。著作権侵害を主張できますか?
端的に言えば、著作権侵害を主張できる場面である可能性は十分にあります。「ラフだから」という理由で権利が失われることは著作権法上ありませんし、ラフを渡した時点で著作権が発注者に移転するわけでもありません。そして、そのラフを生成AIに入力して完成品に近づけていく行為には、AI関連の権利制限規定である著作権法30条の4は及びません。
ただし、生成された画像が「アイデアだけをなぞった別の絵」になっている場合は、結論が変わり得ます。検討すべき論点は、①ラフの著作物性と権利の所在、②生成AIへの入力行為の評価、③許諾されていた利用範囲、④生成物の類似性・依拠性、の4点です。以下、順に整理します。
① ラフの著作物性と権利の所在
著作権法は、ラフか完成品かという完成度によって保護の有無を区別していません。分かれ目は創作性の有無、この一点です。ラフであっても、そこに創作行為が認められるのであれば、その時点で著作物として扱われ(著作権法2条1項1号)、著作権および著作者人格権は制作者に帰属します。
そのうえで押さえておきたいのが、ラフを相手方に渡した時点で何が起きているのか、という点です。契約書等で「ラフ案についても著作権を譲渡する」といった定めを置いていないのであれば、ラフを提示しただけで著作権が移転することはありません。データを送付した事実と、権利を渡した事実とは別だということです。
② 生成AIへの入力行為と著作権法30条の4
生成AIに他人の著作物を入力する行為との関係で問題になるのが、著作権法30条の4です。同条が利用を認めているのは、著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し、又は他人に享受させることを目的としない場合、すなわち情報解析の用に供する場合などに限られます。
では、ラフをより完成度の高いものに仕上げたいという利用はどう評価されるか。これは他人の著作物を土台として新たな著作物を生み出そうとする意図にほかならず、享受目的にあたります。したがって同条の権利制限は及ばない、という整理になります。AIへの入力だから30条の4で許される、という理解は成り立たないという点です。
③ ラフの提示によって許諾されていた利用範囲
契約書がない場合、どこまでの利用が許諾されていたかはケースバイケースの判断になります。もっとも、一般的な意思解釈として、クリエイターがラフを提示する際に想定している利用範囲はかなり限定的です。ラフの内容を確認する、最終的な掲載先に当てはめて見え方を検証する、その程度のトライアル的な利用にとどまるのが通常でしょう。
ラフを用いて発注者側が独自に完成させることまでは、黙示のライセンスの範囲に含まれていないと考えるのが一般的です。そうすると、ラフを無断で利用して製品化・完成させる行為は、ラフに付随するクリエイターの著作権を侵害していると評価されるのが通常の整理となってきます。
④ 「まったく別の絵」になっていた場合の境界線
実務上もっとも判断が難しいのがこの場面です。検討するのは依拠性と類似性の2点で、とりわけ問題になるのは類似性です。すなわち、ラフに表れた創作的な部分が、生成AIを通じて出力されたものから感得できるかどうか。端的に言えば、模倣といえるかどうかという判断になります。
権利行使が難しいのは、アイデアのみが流用された場合です。たとえばキャラクターデザインの依頼を受け、「動物、なかでも犬でいく」という方向性をラフで提示したとします。発注者がそのラフ自体は使用せず、「犬のキャラクターで進める」というアイデア部分だけを採用して、独自に別の犬のキャラクターを制作した。この場合、著作権が及ぶのは表現であってアイデアではありませんから、著作権侵害の主張は難しいことになります。
一方、ラフで提示した犬そのものを生成AIに入力し、そこからさらに別の犬を生成していった場合は評価が変わります。ケースバイケースではあるものの、著作権侵害の余地が生じてきます。この辺りが境界線になってくるわけです。
著作権以外の枠組み
著作権の枠外でも問題になり得る点は、押さえておいてよいと思います。参考になるのが、いわゆるバンドスコア事件(東京高判令和6年6月19日)です。同判決は、バンドスコア自体は著作権法による保護を受ける著作物に該当しないとしたうえで、採譜に費やされた多大な時間・労力・費用へのフリーライドを重く見て、一般不法行為の成立を認めました(一審の東京地判令和3年9月28日は不法行為を否定しており、控訴審での判断の変更です)。
クリエイターが労力をかけて生み出した成果にただ乗りしようとする行為については、著作権以外の法的枠組みも関連してくる。そうした議論があるという程度には、認識しておく意味があります。
予防策と、発注者側が果たすべき役割
予防策は王道ですが、契約書です。ラフ案の著作権の帰属と、どこまでの利用を認めるのかをあらかじめ定めておく。これに尽きます。
契約書がないまま問題が生じている場合でも、立場が弱いわけではありません。個人として受託している方であれば、フリーランス・事業者間取引適正化等法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)により、発注者側に取引条件の明示義務が課されています(法3条)。すでに述べたとおり、著作権も原則としてクリエイター側にあります。そうであれば、その利用を適法な状態に整えるための権利義務のクリーンアップは、発注者側が行うべき事柄である場合が多いということになります。まずは事実関係と法律関係を冷静に整理したうえで、対応を検討されることをおすすめします。
発注者側の視点も付け加えておきます。ラフを自社のイメージする完成品に近づけるために生成AIを利用すること自体は、許容され得ます。問題は許容範囲の画定です。判断の順序は明快で、契約書があれば契約書に従う、なければクリエイターが許諾していると合理的に考えられる範囲で使う、というものです。ラフのみを受領して自ら完成させる、ラフを別の商品に横展開する、こうしたクリエイターが想定していない使い方は、その範囲を超えます。
そして、認識に相違が生じそうだと感じた段階で、契約書の文言を明確化しておくことが重要です。これはクリエイター側が担うべき作業というより、発注者側が動かなければならない領域だという点を、あわせて意識しておく必要があります。
発注者の立場から同種の問題を扱った内容はこちらのQ&Aで、業務委託契約に盛り込むべき条項はこちらのQ&Aで解説しています。ラフや中間成果物の取扱いを含めた契約書の整備については、tAiL.法律事務所(サービス一覧)までご相談ください。
※本記事は一般的な情報提供であり、個別の法的助言ではありません。/出典:著作権法(e-Gov法令検索)/執筆:弁護士 原智輝(福岡県弁護士会)/tAiL.法律事務所代表